認知症になるとできなくなること、できること
先日、認知症基本法が成立しました。
令和5年6月14日に認知症基本法が成立しました。認知症予防を推進しながら、認知症が発症しても尊厳を持ちながら社会の一員として尊重され、希望を持って暮らすことができる社会の実現を目的に、国や自治体の取り組みを定めた法律です。
認知症の方の人数は2020年に約602万人、2025年には約675万人になると予想されており、65歳以上の5人に1人、国民の17人に1人が認知症になると予想されています。認知症を患ってしまうと、なかなか自分のことがうまく表現できなくなったり、徘徊してしまったり、人に迷惑をかけるのではないかという不安や心配から、家の中に閉じこもり気味になってしまうことが多いと聞きます。ただ、そうして家のなかに閉じこもってしまうと、外の刺激や人との交流がなくなってしまい、さらに認知症の症状が悪化することがあることも指摘されています。
この法律ができることで、医療、福祉サービスが充実するとともに、認知症でも社会活動に参加できる機会が増えること、認知症の方やご家族などが集まれるオレンジカフェなどが地域にたくさん増えるといいなと感じています。
認知症になった場合、例えば不動産の売買とかはどうなるの?
認知症になると、今までと同じようにできること、できなくなることがあります。
例えば、次のようなことは認知症になった場合できるでしょうか。
①施設に入ったので、今まで住んでいた不動産を売買して、今後の費用にすること
②自分の医療費や介護費用を支払うための預金の払戻し
③遺言書の作成
④会社の役員を続けること
⑤選挙権
ひとつずつ考えてみたいと思います。
①不動産の売買契約
不動産の売買契約をするには、民法上、意思能力が必要になります。具体的には、「自分の持っている不動産をAさんにいくらで売る」という意思になります。
認知症になり、重度でものごとを判断する能力を失っている=意思能力がないと判断された場合、売買契約が無効になってしまいます。そこで、認知症になった場合、売買契約をする意思能力があるかどうかの判断が非常に重要になります。(売買契約後に、売買契約当時、意思能力がなかったと判断されるとさかのぼって売買契約は無効になります。)そのため、認知症で施設に入ることになったけれど、その費用を捻出するため、認知症の方が持っている自宅を売りたい、そんな場合でも安易に売買契約を結ぶことはできず、意思能力があるのかどうか、慎重に判断していくことになります。(司法書士も売買契約に立ち会った際、意思能力などを慎重に確認を行います。)
認知症になった場合、安全に不動産取引を行う方法として、成年後見制度を利用するなどの方法が考えられます。成年後見人は成年被後見人である認知症の方の代理人として、家庭裁判所と調整しながらになりますが、必要性が認められれば、不動産を売買することが認められています。
②預金の払戻し
認知症を発症し判断能力が大きく低下したことを銀行が知った場合、銀行は口座を凍結することがあります。これは本人の預金は本人が管理することが基本であり、認知症になり判断能力が低下し、口座の管理能力がないと銀行が判断した場合、本人の口座を守るため口座を凍結します。そうすると、認知症の方が自ら生活費や医療費、介護費用を自分の口座から支払うことが難しくなります。一方で、家族が認知症の方の口座から払戻しができるかというと、原則、本人しか口座から払戻しができないため、認知症の方の生活費や医療費、介護費用を家族が立替えるということが発生します。
この場合も成年後見制度の利用が考えられます。成年後見人が成年被後見人の代理人として、口座を管理し、認知症の方の口座からかかった生活費、医療費、介護費用を払うことができます。
また、2021年2月18日に全国銀行協会が高齢者との金融取引、親族との代理等に関する考え方を発表し、この問題についての指針をまとめました。これにより、銀行によって事前に親族が代理人届等を提出することで家族による引出しを認めているケースもあるようですので、まずは銀行と相談することもおすすめします。
③遺言書の作成
遺言書の作成については、遺言能力(意思能力)があるかどうかが問題になります。遺言能力があると判断された場合、自筆証書遺言、公正証書遺言ともに作成することが可能ですが、遺言能力の有無については判断がとても難しく、遺言作成者が亡くなった後に、遺言作成時に遺言能力があったかどうか裁判で争いになるケースも多くあり、遺言能力がないと判断されるとさかのぼって遺言が無効となってしまいます。
遺言能力があるかどうかできる限り客観的に、また大勢の目で見て判断することが望ましいので、医師による診断書を取得し、公正証書遺言を作成することがいいのではないかと思います。
なお、成年被後見人は、事理を弁識する能力を一時回復した時は、医師2人以上の立ち会いがあれば、遺言をすることができます。
④会社の取締役などを続けること
以前は認知症を患い、成年被後見人になってしまうと取締役などの役員に就任することはできず役員を続けることはできませんでしたが、会社法が改正され、令和3年3月1日以降、認知症などにより事理弁識能力が欠く状態にあっても後見開始の審判を受けることで、会社の役員に就任することができるようになりました。
ただ、会社と役員の関係は民法の委任に関する規定にしたがい、民法上、受任者である役員が後見開始の審判を受けると委任契約が終了するものとされることから、後見開始の審判を受けるといったん役員の地位を失い、再度就任することが必要になります。こうすることで成年被後見人になったとしても会社の取締役などを続けることが可能となります。
⑤選挙権
認知症になり成年被後見人になった場合、以前は選挙権、被選挙権がありませんでしたが、平成25年5月に公職選挙法が改正され、成年被後見人の方についても選挙権・被選挙権を有することが認められました。成年後見制度は財産管理が主な目的であり、本人の意思の尊重から認めらえるようになったと考えられます。
認知症に対するイメージについて、徘徊する、言葉が通じない、何度も同じことをくり返す、などマイナスな言葉で語られることが多く、なんだか接しにくそうというイメージがあります。確かにそういう部分もありますが、昔、習っていたこと、仕事でずっとやってきたことなどの職人技は失われることなく今も変わらずでき、私も介護の現場などで何度も見てきました。その能力を活かすことができる場があれば、認知症の方にとっても私たちにとってもwin-winの関係になると思います。そのために、認知症に対する理解を深めること、そのためにお互いに触れ合う場面、機会を増やすことが必要なのではないかと思います。認知症基本法ができることで、少しずつそのような社会になればと思います。